福岡高等裁判所 昭和31年(く)41号 決定 1956年9月12日
本籍並に住居 大分県○○郡○○町大字○○○○番地
少年 学生 勇こと水田順作(仮名) 昭和十三年十月十二日生
抗告人 少年
主文
原決定を取消す。
本件を福岡家庭裁判所飯塚支部に差し戻す。
理由
本件抗告理由は、
自分は小さい時のことは良く記憶していないので、国籍、本籍地も判らず、中等少年院に送致されるのは当然だと思うが、放浪十数年の旅も終りを告げ、漸く更生の道に進もうとする自分に対し余りにも無慈悲な決定である。長年の旅においての経験で自分に一番適した仕事は土木関係であるが、百姓でも何でもかまわぬから真面目に働き、勉強に励み、その間に両親も捜し出したいと思つている。
と謂うにある。
そこで記録を調査すると、少年は国鉄飯塚駅から上山田駅まで無賃乗車をした廉で鉄道営業法違反として逮捕せられ、原審の調査審判を受けるに至つたものであるが、その間少年は係官に対し、「勇」という通称で呼ばれていたと称するのみで、本当の氏名や身元については全然記憶がないというので、原審は極力身元の調査につとめたが、判明するに至らなかつたため、やむを得ず中等少年院送致の決定をしたものの如くである。然るに原決定言渡後の調査により身元が判明するに至つたが、これによると両親とも健在で保護能力あり、また少年は現に高等学校三年在学中で過去に非行歴もなく、要保護性は軽微であると認められるので、このような諸事情の下では、最早や少年を中等少年院に送致する必要はないものと思料される。
よつて原決定を及り消すのを相当と認め、少年法第三十三条第二項少年審判規則第五十条に則り主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 中園原一 裁判官 厚地政信)
別紙(原審の保護処分決定)
本籍 不明
住居 不明
無職 自称通称勇(仮名) 自称十八歳
主文
少年を中等少年院に送致する。
理由
一、本件の非行
別紙犯罪事実の通り
二、適用法令
鉄道営業法第二十九条第一項第一号
三、要保護性
調査審判の結果、少年の非行性は格別問題視する程度のものではないが、少年は少年調査票に記載のように本籍、出生地、住居、父母兄弟の有無、生活歴等全く不明でありまた今俄かに少年の保護を託するに足る社会資源も発見し得ず自然現状のまま放置するときは再び罪に走る蓋然性尠しとしない、従て少年の健全なる育成を期するが為にはこの際国家施設に収容の上適切なる保護を加うる必要ありと思料し、少年法第二十四条第一項第三号少年審判規則第三十七条第一項に則り主文の通り決定する。
(昭和三十一年七月二十六日福岡家庭裁判所飯塚支部裁判官 姫野渡)
(犯罪事実)
少年は正当な除外理由なく昭和三十一年六月二十九日午後七時二十三分国鉄飯塚駅発七三一旅客列車にて飯塚駅より上山田駅迄の間を無賃乗車したものである。